知性なき毒舌は汚物として処理される


薬ビン
毒舌とは・・・
世間一般が心の中で思っていること、納得がいかないことをリスク覚悟で発言することだと認識しています。
毒舌により傷つく人がいるなら、その陰では心が救われる人もいる。
悪事や傍若無人な振る舞いを繰り返す輩に限って、自分を批判する者へ権力行使や社会的リスクを負わせるという脅しをかけてくる。
そんな不逞の輩を一刀両断してくれるのが『毒舌』である。
しかし、その毒舌の意味をはき違えたものが発する「暴言・誹謗中傷」では誰も救われないし相手にもされない。なぜ相手にされないのか?

毒舌と暴言の違い

毒舌の裏には、困っている人や力なき者の無念を晴らすという目的がある。
毒と薬は表裏一体、毒をもって悪を征し、悪に蝕まれる善良な人を救う。
これが『毒舌』が支持される理由でしょう。
一方で、毒舌を自称しながら言説の内容は暴言と誹謗中傷ばかりで、誰にも支持されないどころか相手にもされない人達がいる。どこが違うのだろうか?

知性が感じられない

言説に具体性がなく、なぜ批判しているのかが見えてこない。
批判している内容も逆恨みや妄想めいていて知性も品性も感じられない。
この手の暴言魔は具体性や事実の突合せは一切行わず、話を詰められると激昂したうえ、さらなる暴言を吐く。知性がないことを恥とも思わず、むしろ知性の無い野蛮な振る舞いがカッコイイと思っているのでたちが悪い。

暴力を匂わせた時点で理論破綻している

暴力とは直接的危害を加えること。「言葉の暴力」という問題もあるが、これも結局は“心”という健康に関わる重要な部分への直接攻撃である。
どんなに毒舌を自称しても、この「暴力」を匂わした時点で事実や理論で語ることを放棄していると言える。こうなると、ネットで発言している意味を失うどころか負け犬の遠吠えにしか聞こえなくなる。

暴言は汚物、毒舌は毒という薬

毒舌が支持され、暴言が無視される。
暴言を吐く人間には知性が無いので、無視されている状況を、
「やった!勝った!勝った!圧倒的じゃないか!ヒャッハー!!!」
と、勘違いするのです。
知性無き者の哀れな醜態です。

周囲は恐れて近づかない訳ではありません。
見るに堪えない汚らしい言葉と醜態は、汚物のように扱われるのです。
暴言は、毒ではないが飲んだらお腹を壊す『ドブ水』、そもそも食べ物でもないし人に見せるものではない『大便』を見せられた気分になるのです。
汚物は嫌われて当たり前で、近寄る人間はいません。
それを孤高と勘違いしているようですが、自分がドブ水や大便と同じだということに気付くことはできません。
なぜなら『知性』がないから。

OFUSEする

【ご支援をお願いします】取材・調査・検証記事はコピペまとめサイトのような広告収入は期待できません。皆様からの支援が必要です。 支援方法説明クレカ銀行振込定期購読
【運営・執筆】竹本てつじ【転載について

この記事が気に入ったら
いいね ! で応援しよう

Twitter で

芸能人のinstagramって、ネットニュース意識した売名写真多いよね

ブログKSL Live insect KSL の投稿 PluCialgoogle+をブログにする方法!SNSへの同時投稿も可能な「plucial」が簡単すぎる。

SNS・RSSフォロー

最新の記事

人気の記事

定期購読マガジン&メルマガ




PAGE TOP