両立できる二つの「思い」を対立させる危うさ


カンガルーの戦い
日本がポツダム宣言を受諾した日、8月14日の朝。
メレ山メレ子さんの美しい文章に心打たれる。
この国を、複雑な幸福を守れる国にしたい(メレ山メレ子)|ポリタス 戦後70年――私からあなたへ、これからの日本へ

私のような荒んだ人間が真似しようにも綴ることはできません。文章は心から生まれ、その思いを投影させる。心にもない文章は誰の目からも透けて見え、人の心を打つことはない。

と、いうことで私は私なりの駄文を書いていこうと思います。

田母神閣下の二項対立論

一時はネトウヨの星として賞賛された『田母神閣下の言説』、それも今では見る影もなく選挙に出れば惨敗するという始末。最近では、あまりにも“こじつけ”過ぎるウヨク発言に、ネトウヨたちも応援するのが恥ずかしいようです。
そして本日も飛び出した“こじつけ”発言。


最早、当たり屋レベルのイチャモンです。
何でもかんでも賛成or反対の二項対立論に持ち込む手法はネトウヨの常套手段であり妄言でもある。
「戦争はダメだ」と「国を守る」という二つの事柄は、対立する論理ではなく両立できる論理です。国を守るために戦争は避けるべきであるが、日本が戦争を望まなくとも相手が先制攻撃してくることは十分想定され、日本周辺国でも危険な国が複数存在する。そういった相手国からの攻撃に備え、国民の生命財産を守るための一定の武力は必要であることは否定できない。これは戦争を望んでいるのではなく、国民の命を守るための自衛武装です。
安保法案に賛成するもの、反対するもの、どちらも「戦争がダメだ」「国を守る」で一致しているのに、「反対派は国民を守らない」などというのはレッテル貼りである。一方で「賛成派は戦争をしようとしている」などというレッテル貼りも理不尽であることは同じである。

「戦争はダメだ」と「国を守る」という考え方をそれぞれ、賛成か反対かという二項対立論で論ずれば、「国を守ることに賛成か反対か?」「戦争することに賛成か反対か?」という問いになり、二つともが愚問となってしまう。誰も戦争はしたくないし、国を守らなくて良いなんて思っていない。それは田母神さんご自身も重重承知のことでしょう。

戦争反対は左派の特権ではない

左翼政治家とその支持者によって「戦争反対」という共通テーマが政治的に利用され始めている。「戦争したくない、行きたくない」という誰も否定することのできないテーマを掲げ、そのデモになぜか「安倍政権打倒」などという政争テーマを混同させるというやり口には感心できない。
戦争をしたくないもの同士が、その手法を巡って議論するのは良いことだが、一方を「戦争を望んでいる」とレッテル貼りした上での議論やデモは的外れでしかなく不毛である。
右翼政治家も、いかにも戦争肯定ととられそうな勇ましい発言をするものだから、余計にその対立は「戦争反対派と賛成派」のようになる。

ウヨクもサヨクも一方へレッテル貼りし、両立するはずの論理を二項対立論にして争う。この構図は、対立する二国が互いを『悪』と罵り、我こそは正義とミサイルを撃ち込む「戦争」の理屈に似ているような気がしてならない。

【ご支援をお願いします】取材・調査・検証記事はコピペまとめサイトのような広告収入は期待できません。皆様からの支援が必要です。 支援方法説明クレカ銀行振込定期購読
【運営・執筆】竹本てつじ【転載について

この記事が気に入ったら
いいね ! で応援しよう

Twitter で

民主党民主党の寺田学議員に意見したらブロックされた!世が世なら死罪!

「釣りバカ日誌」ドラマ版のハマちゃん役は香取慎吾じゃないことが判明

最新の記事

人気の記事

定期購読マガジン&メルマガ




PAGE TOP