犯罪被害者を「ばかども」と呼ぶ寂聴は幼い我が子を捨てている


最高裁判所

瀬戸内寂聴を有難がっている人は考えを改めた方がいいだろう。
6日、福井市内で行われた死刑制度に関するシンポジウムで寂聴はビデオメッセージを寄せ、死刑制度の存置を望んでいる犯罪被害者の心中を踏みにじるように「殺したがるばかども」と言い放ったのだ。

この瀬戸内寂聴は、幼い我が子を置き去りにして夫の教え子との不倫に走った過去がある。その非道を恥じることも無く偉そうに説法を行い、それを有難がるマスコミに持ち上げられ、本人はさも人徳があるかのように振る舞っている。

死刑存廃問題を軽く見る寂聴

死刑制度の廃止を求める弁護士らの多くは、実際に起こった冤罪事件を目の当たりにして、無実の受刑者が殺されることを危惧している。
宗教的な思想により死刑に反対している人もいるが、それにはその宗教やその人なりの深い思いがあり、苦悩と葛藤の末にたどり着いた考えである。
しかし、寂聴は死刑制度存置を唱える人を安易に「殺したがっている」という下衆に評する程度の考えだ。それはそれで本人は楽なのだろう。
犯罪被害者だって死刑存置を好き好んで訴えているわけではない。そもそも人が人を殺めるという事件さえなければそんなことも考えずに済んだ。しかし、自分の大切な人が殺され、その犯人は生きているという現実に直面し「犯人を死刑に」と思うに至った張り裂けんばかりの心中など寂聴には分かるまい。

なぜなら寂聴は、幼い我が子を置き去りにし、夫の教え子との情事をむさぼり、それを執筆活動の糧にし、食えなくなったら無節操に複数の宗教の門をたたき、罪を償うこともなく今では徳の高い尼僧とされているからだ。
そんな人間に犯罪被害者の気持ちなど分かるはずもないだろう。

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