安倍元総理銃撃事件に見る危険なイエスバット法の亜種「テロは許されないが統一教会が・・・」結局テロは批判しない人たち【マガジン180号】

KSLマガジン



 安倍晋三元総理が銃撃され亡くなってからまだ2週間も経たないが、メディアは旧統一教会への批判と山上容疑者に同情するような報道ばかりでテロへの憎しみなど微塵も感じられなくなった。

 旧統一教会に関しては野党議員にも関わりがあったことが指摘されているが、野党はいつもの「ただし自民党議員に限る」の法則を発動し、ひらすら自民党議員の名前を挙げては叩いている。そういった批判の枕には必ずと言っていいほど「テロはもちろん許されないが」という言葉があるのだが、その本質であるテロについては批判も追及もせず旧統一教会の問題に終始するだけだ。

イエスバット法の亜種が危ない

 野党議員や政府に批判的な論客のツイッターを見ると「テロは許されない」と言いながら、旧統一教会への批判をすることで結果的に山上容疑者を擁護する危険な論法が目立つ。このやり方は、まずは相手の言い分を肯定しておいて別の選択肢などを提示するイエスバット法に似ている。

 イエスバット法とは「それもいいけど、こちらのほうがいい」「そうですね。しかし・・・」とまずは相手を肯定してから自分の主張や反論を展開することを指すが、野党議員らも「テロは許されないが」から入ってはいるが、そこから「でも、だって」が始まり安倍元総理が銃撃された"理由"を語っている。どんな理由があろうともテロは許されないはずが、それが許される理由を探すことに終始しているのだ。

容疑者の思惑通り動く人たち

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【運営・執筆】竹本てつじ【転載について

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