真摯な恋愛では済まされない「50歳近くの自分が14歳の子と性交して捕まるのはおかしい」の何が問題か【マガジン103号】

KSLマガジン



 立憲民主党が性犯罪刑法改正に関するワーキングチームで中学生を性被害から守るための法改正を議論した際に「50歳近くの自分が14歳の子と性交したら、たとえ同意があっても捕まることになる。それはおかしい」と50代の議員が発言したとされる問題。

 直近であった6月2日の関連会合に出席した複数議員らは「そのような発言はなかった」と否定しているが過去のワーキングチームであったかどうかは報じた産経新聞が続報を打つのを待つしかない。

続報:発言者は本多平直議員「自分が14才との性交で捕まるのおかしい」興奮状態で外部講師に発言、寺田座長が謝罪していた

 この発言には多くの批判が集まる一方で、現行法で一部認められているとして擁護する声もある。擁護する声のほとんどが、条例では婚姻を前提とするなど真摯な恋愛であれば性行為があっても罰せられないというものだ。はっきりいって勘違いも甚だしく、中学生と50代の間に「真摯な恋愛」が生まれたとして、保護者や関係者から好意的な同意を得られるのは極めて困難であり、真摯な恋愛であれば「数年待つ」という判断もあるのだが、それができない時点で信用に値しない。

 結論から言って、ほとんどが男性側の邪な性欲に後付けの言い訳をして争っているだけだ。この争いの法的な判断をもってして50代と14歳の恋愛を「問題ない」とするのは乱暴過ぎやしないか。

立憲・寺田学WT座長のツイート

 産経新聞の報道がある2日前に、発言があったとされるワーキングチームの寺田学座長が以下のようなツイートをしている。

 これが全てです。まさに50代と14歳は「非対等」と言えるでしょう。先述のように真摯な恋愛であったとしても性行為の同意に至る判断能力には歴然とした差があり、とくに未成年側にとって成人するまでの数年間など永遠に感じるほどで、応じなければ恋愛が破綻するという恐怖に左右されがちです。

 そもそもこの「恋愛」に至るまでに判断力のある成人側が抑制的であるべきで、成人するまえに意思の確認を行うこと自体が問題行動と言えよう。永久に個人の自由恋愛を制限するものではなく、一定の年齢に達すれば法的制限がなくなることが明らかであるのに、14歳と恋愛関係にあると互いに自覚する状態にあることは、その過程は潔白であったとは言えない。

 寺田座長のいう「非対等」である以上は、成人側の意思が未成年の意志を変えることが比較的容易であり、判断能力が備わるまで自らを抑制できていないことは、そこに邪な心が無かったと理解することは難しい。極端なことを言えば、未成年に興味のある性犯罪者も、相手を騙して恋愛に持ち込めば裁かれないことになる。

 現実としては未成年との性行為が発覚した後から「恋愛感情があった」と主張しているだけで、そこに至る過程で本人だけでなく保護者や関係者の同意を得ることなどほぼありえず、内密な関係から結果的に恋愛感情を持つに至ったことを大人が見過ごして言い訳がない。

会合の発言は糾弾されるべきか

 現行の条例や判例に対する議論とは別に、今回の様にワーキングチームの会合で行われた発言をどこまで批判されるべきかという問題がある。

 結果的にワーキングチームとしてまとめた内容に問題の発言が採択されておらず、さまざまな見解を出し合ってその中で最適なものを見出そうとする過程で、採用されなかったり否定された意見まで後に糾弾されるのであれば現状の問題点も抽出できなくなるだろう。

 ただし、今回の立憲民主党のケースでは、これまでの所属議員の言動・行動と議論の対象からして、やはり不適切なものとして批判されるケースと筆者は考える。