菅直人さん「1983年初当選をした」→初当選は1980年、自分の経歴を忘れていることが指摘される

政治・社会



 立憲民主党の菅直人衆院議員は23日、自身の経歴について「1983年初当選をした」とツイッターに投稿していたことについて、実際は1980年であることが指摘され訂正を行った。


記憶の問題か厚顔無恥なのか

 当選14回といえど自分の初当選年を忘れるのはいよいよだ。菅氏は1976年に市川房枝の団体から支援を受け衆院選に出馬するも落選、1977年には市川の反対も聞かず参院選に出馬して落選、1979年の衆院選も落選、与党内の対立によりハプニング的に前回選挙から8ヶ月で解散してしまった1980年の衆参同日選挙で初当選している。かなり印象的な選挙で忘れようがないと思うのだが。

 ちなみに菅氏は度々、恩人である市川房枝との関係を強調するが、市川は菅氏が名簿を持ち出しカンパや選挙運動支援の呼びかけに利用したとして批判し、名前を出されることを嫌っていた。市川は菅氏と袂を分かった直後に死去しており、現在も一方的に菅氏が関係性をアピールしている。

 このあたりの話は菅氏の記憶の問題なのか、それても厚顔無恥なのか。

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【運営・執筆】竹本てつじ【転載について

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