立民・打越さく良議員「なぜ男性議員がこれほど必要かを論証して」←これは機会均等ではなく男性蔑視では?
立憲民主党の打越さく良参院議員は22日、女性議員が少ないという記事を自身のツイッターで引用し「参議院議場を見渡して、むしろ、「なぜ男性議員がこれほど必要か」を論証してほしい…と思いましたが、未だに「なぜ女性議員が必要か」を説明する必要…脱力。」と投稿した。
参議院議場を見渡して、むしろ、「なぜ男性議員がこれほど必要か」を論証してほしい…と思いましたが、未だに「なぜ女性議員が必要か」を説明する必要…脱力。とはいえ「米で13年以降女性議員の歳出増加志向が男性よりも低かったそうだ。」といったファクトチェック大切。
https://t.co/s6TeM0W0P4— 打越 さく良 (@sakurauchikoshi) 2019年9月22日
男女の機会均等を「男性が不必要で女性が必要」というロジックで語るのは、不当に男性を排除する危険な考え方だ。女性議員が少ないという問題を、参院選で選ばれた現職男性議員に向けるのは民主主義の否定でもある。
クオーター制に甘んじて良いのか?
この手の議員らはすぐに「クオーター制」の導入を唱えるが、それと同時に男性への嫌悪感を露にする悪い癖がある。女性差別や不当な役割分担で政治分野に進出する女性が少なく、有権者の男女構成比と議員の男女構成比が乖離する問題を解決する手法の一つがクオーター制である。
打越議員はこれをどう勘違いしているのか、有権者から選ばれた現職の男性議員を必要不必要で語っている。日本で女性議員が少ない原因が、不当に機会を奪われているならその問題を解決するのが政治家の役割である。その機会の均等や教育の過程で男女に差があることが一向に解決されないのであれば、制度としてクオーター制を導入するのも一つの手だろう。打越議員は「なぜ男性議員がこれほど必要か」と問うが、これは女性が不必要で男性が必要という有権者の判断ではなく、社会全体の風潮の問題である。
こういった男女の機会均等を選挙に利用し、極端に女性に偏った候補者選びをする傾向は立憲民主党の特徴でもある。参院選では女性候補者が45%と妥当なラインであったが、募集の段階では女性を主にターゲットにした告知が多く、東京都連の政治スクールでは「特に女性の応募をお待ちしております。」と呼びかけられ、機会均等とは言い難いものだ。
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— 長妻昭 すべての人に「居場所」と「出番」のある社会 (@nagatsumaakira) September 19, 2019
機会が均等となり実力優先の候補者選びをした場合、すべての議員が男性か女性になるという可能性もゼロではないが、まずそういったことは起こりえないだろう。繰り返しになるが「不当に奪われた女性の機会」を制度として取り戻し、是正されたら撤廃するのがクオーター制の肝である。男性の機会を奪うという意味ではない。
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