ついに「将門塚」改修工事が始まる NHKは首塚伝説を徹底検証し祟りを否定する番組を放送
東京大手町の再開発工事で、ついに将門の首塚周辺の工事が着手されたことがSNSで話題となっている。将門の首塚と言えば恐ろしい祟りがあると噂されているが、その扱いはかなり慎重なようだ。
本日の将門首塚。
いよいよ大手町再開発工事の最終段階に。
首塚敷地は鋼板で囲われ、改修工事が始まりました。
我が国最大の祟り神の扱いは、核兵器以上最慎重に執り行われます。#将門 #平将門 #首塚 pic.twitter.com/PZfxKLcWX7— 菊千代 (@kikuchiyo_0518) November 21, 2020
NHKでは将門の祟りを徹底検証
この工事に合わせた放送か不明だが、NHKでは16日に『幻解!超常ファイル ダークサイド・ミステリーE+(プラス) 平将門・首塚伝説&ツタンカーメンの呪い』を放送している。この番組は2014年にBSで好評だったものを追加検証と再編集で地上波放送したものだ。(初期版も過去に地上波放送している)
連続シリーズであるが、工事の直前に「将門伝説」が放送されことは偶然だろうか?
なお、この放送では将門の祟りについては完全に否定している。
大蔵省連続怪死事件
大正12年9月1日の関東大震災で大蔵省の庁舎が全焼し、敷地内に仮庁舎を建設することを決定、震災から2か月後に首塚に手がかけられた。塚を崩し蓮池を埋め立て、その上に仮庁舎が完成。
すると現役の大蔵大臣が病死、大蔵省の建築担当者ら十数人が死亡、怪我人も続出、さらには天罰のように大蔵省に落雷して周辺の官庁まで焼き尽くした。
検証
当時の新聞を精査すると、死亡した早速整爾大蔵大臣が就任僅か3か月で死亡していることは事実だが、速水は首塚の取り壊しに関わっておらず死亡したのは3年も後のことだった。当時の読売新聞には「安らかな大往生」と記述され、将門の祟りに関する話題は無かった。また、他の大蔵省幹部の死亡記事も見つかったが、連続して十数人が死亡したという記事は見つかっていない。
さらに、大蔵省が焼失した火災も首塚を取り壊してから17年も経った昭和15年で、そもそも落雷は大蔵省ではなく航空局であった。当日は都内で20か所も落雷があり、大蔵省を狙ったという状況ではなかった。
将門の祟りが初めて新聞記事になったのは取り壊しの3年後に行われた鎮魂祭のときで、大蔵省で十数人が死亡し、首塚の跡に庁舎を建てたことが土足で踏みにじることになり足を怪我するものが相次いだとされている。その後に庁舎は撤去され、首塚の石碑が設置されているが、堅苦しい大蔵省で鎮魂祭が行われるという珍しい出来事に「噂」が立ったようだ。
GHQが祟られる
昭和20年、東京千代田区に本部を置いたGHQは周辺の整備を開始、大規模駐車場を作るために首塚を潰そうとしたところ、ブルドーザーが横転し運転手が死亡、その後も不審な事故が相次いだことで首塚の取り壊しは中止になった。
検証
将門塚保存会の『史蹟 将門塚の紀』によると、ブルドーザーの運転手が突然の事故で死亡したと記されているが、そこにはブルドーザーの横転や不審な事故が相次いだとは書かれていない。祟りなどを信じないGHQに対して地元の人たちが「ここは古代の王の墓だ」と訴え陳情を繰り返した結果、首塚は駐車場には組み込まれず工事は塚の50センチ手前で止まった。首塚の保存と慰霊に力を尽くした人々の願いであって、潰されそうになるたびに怨霊の話が出てきた経緯があるが、保存してきた人たちにとって、土地を守ってきてくれた将門に祟りなどあるはずがないという。
噂により怖い存在として定着した将門は、地元の人たちにとっては「守り神」であり、首塚を保存し慰霊する思いがあり、そういった意味でむやみに手を付けて良い場所ではないという事だ。
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